インプラントを巡る問題
≪インプラントの歴史が生み出した問題≫
インプラントの幕開けは、1930年代のStrockらによる歯内骨内インプラントから始まる。
*Chercheve(1961年)のスパイラルインプラント
*Sandhouse(1969年)CBSインプラント
*Linkow(1970年)のブレードインプラント
*川原(1978年)のサファイアインプラント
これらの骨とインプラント界層との間には「偽歯根膜」が介在し、理論的には「線維性骨結合」と考えられていた。
Branenmark(1977年)らは、金属の中でチタンと骨は直接的に
結合する可能性のあることを初めて示唆し
、これが現在行われているインプラントの理論に引き継がれている。
日本では1983年にブローネマルク教授が東京歯科大学に来て自ら手術を執刀したのが始まりである。
1985年以降にはチタンの表層に厚さの異なったハイドロシアドタイ(HA)
をコーティングしたインプラントが開発され、これらは骨伝導能を持ち、
HAと骨とが化学的に結合することが示され、Biointegrationと表現された。
その1985年以降は各種インプラントが次々に開発される状況となっていった。
1980年代、日本でもブローネマルクインプラントの販売が始まったが、
その際、ブローネマルク社の主催するトレーニングを受けた歯科医師のみに販売されることになっていた。
また、他のインプラントメーカーも同じ形態をとり、トレーニングを受けていない歯科医師には販売することはなかった。
しかし、1990年代に入り国内でインプラントを販売するメーカーが30社以上になり、
トレーニングを受けていない歯科医師にも販売するようなメーカーも出現してきたと言われている。
結果として患者の満足のいく治療が達成されず、費用も高価なためトラブルになるケースが増加しているという指摘がある。
未だに続くインプラントへの懐疑的な印象は上記のような理由以外にも存在している。
1980年代、国産のインプラントで人工サファイアを使用したものが販売され、
結果的に口腔内で機能せず破折、脱落など、悲惨な結果に終わり、
当時治療を受けた一部の患者、歯科医師ともインプラントに懐疑的な印象をもたらすことになった。
医療制度改革が声高に叫ばれているが、
現実にはこのような歴史が存在していることも見逃してはならないだろう。
現代の医療水準を満たしていない医師が野放しにされているという事実もこれからの医療の在り方を考える上で大切である。
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